有識者対談 サステナビリティ経営と未来

近代⽇本経済の⽗といわれる渋沢栄⼀⽒が書いた『論語と算盤』には、現代の企業のサステナビリティ経営に通じる価値観が盛り込まれています。ここでは、栄⼀⽒の⽞孫(5代⽬の孫)にあたる、コモンズ投信株式会社 取締役会⻑ 兼 ESG最⾼責任者の渋澤健⽒をお招きし、「リコーリースの中⻑期視点での価値創造とサステナビリティ経営」をテーマに、当社社⻑の中村と対談を⾏いました。
(2023年9⽉実施)。

渋澤健氏と中村徳晴の写真
  • 『論語と算盤』は現代の企業経営そのもの
中村
私が当社の社⻑に就任したのは2020年4⽉です。コロナ禍で世の中や会社がどうなるのか先の読めない状況でしたが、若い世代、特に⼦ども達の未来をどうつくっていくかということを真剣に考えていました。私はかねがね、企業は収益を上げるだけの存在ではないと考えています。倫理観を持って、お客様にどういった価値を提供していくか、その付加価値の⼤きさで対価を得るのが企業のあるべき姿です。正しいやり⽅で収益を上げていかなければ、サステナブルな成⻑はできません。渋沢栄⼀⽒の著書『論語と算盤』に「能く集め能く散ぜよ」という⾔葉があります。儲けるだけではなく、また道徳だけに偏るのではなく、この両⽴が⼤事です。
渋澤
渋沢栄⼀は私の祖⽗の祖⽗にあたりますが、『論語と算盤』で提唱している「道徳経済合⼀説」は、社会(道徳)と利益(経済)の両⽴をテーマとしています。この⼆つは⾞の両輪みたいなイメージで、もし⾞輪の⽚⽅が⼤きくてもう⽚⽅が⼩さければ、まっすぐに進むことができず、同じ場所をぐるぐる回るだけになります。そのことからも『論語と算盤』のキーワードは「と(and)」だと考えています。企業経営に⽋かせないのは「か(or)」ですが、0か1か、⽩か⿊か、勝ち負けかで、効率性や⽣産性は⾼められますが、既存のものを⾒⽐べているだけで新たな価値は⽣まれません。⼀⽅、「と(and)」の⼒は、⼀⾒相容れない道徳と経済を試⾏錯誤しながらかけ合わせることで、新たな価値創造やイノベーションが⽣まれます。時代の変化に伴う新しい事業環境に適応した価値を提供し続けることが、企業に求められるサステナビリティ経営の在り⽅です。
中村
『論語と算盤』の出版は1916年(⼤正5年)、渋沢栄⼀⽒が76歳のときです。明治時代が終わり、世の中が前に進もうとしていた時代で、現在も同じようなスピード感で世の中は変化しています。この本はそうした状況で、まさに「と(and)」の⼒で相反することを同時に実現するといったことや、新しいことにチャレンジすることなど現代の経営に活かせる内容が多く、愛読しています。私は企業経営において、「何のためにやるのか」を常に考えています。企業である以上収益を上げるのは使命ですが、私達は何を成し遂げたいのかが常にないといけません。まさに『論語と算盤』の考え⽅がぴったりとあてはまっています。
渋澤

出版当時の⽇本は、激動の時代を経て、ある程度豊かになっていた背景から、事なかれ主義が蔓延し、栄⼀は新しいチャレンジがないことに憤りを覚えていました。「⼤正維新の覚悟」という章に、事なかれ主義に陥ると新たなチャレンジをしなくなるなど、現代に通ずることが書かれています。また、「こういう状態が続くと、これから憂えることが起こるかもしれない」と書かれたとおり、栄⼀が亡くなった1931年に満州事変が起こっています。「何のため」の問いはとても重要ですね。Whyはパーパス、「何をやっているか」はWhatでミッション、「どこに⾏くのか」はWhereでビジョン、「どうすればいいか」はHowでバリューと整理できます。Whyを社⻑や社員が共通の価値観としている会社は期待できます。なぜ⾃分は存在しているのかという哲学的な問いかけをする動物は⼈間しかいません、AIにもできません。会社で働く⼀⼈ひとりが主体性を持って、価値をつくり続けていくことが重要です。

渋澤健氏の写真
  • 経営理念の「共感」が新しい創造を⽣む
渋澤
御社のパーパスと⾔える経営理念について、位置づけや社員への浸透度を教えてください。
中村
当社は「私達らしい⾦融・サービスで豊かな未来への架け橋となります。」という経営理念を掲げています。この経営理念が事業活動の根本にあるので、部⾨ごとに「豊かな未来への架け橋とは何か」を考えて⽅針を策定しています。社員⼀⼈ひとりが経営理念を共有しながらも、多様な⼈財が⾃由度の⾼いそれぞれのやり⽅で取り組むことで新たなチャレンジが⽣まれています。
渋澤
経営理念があることで、多様な価値観を持つ⼈たちが集まり、会社を⾃分事と重ねることができますね。現在、それが⼤事なのは、歴史上体験したことのない⼤規模な構造変化、⼈⼝動態の変化が起こっているから。昭和時代のピラミッド型組織や、終⾝雇⽤制度・年功序列などの慣習はこの先もう通⽤しません。でも、会社としては優秀な⼈を採⽤したいし、辞めずに残っていてもらいたい。そこで問われるのが「共感」です。なぜ会社が存在し、なぜ⾃分達が仕事をしているのか。この羅針盤となるのが経営理念で、別の会社にいても、重⼒のように引き寄せられて新しいことに⼀緒に取り組むという関係性ができます。その意味では、ダイバーシティもさまざまな化学反応を起こすために必要です。
中村
おっしゃるとおりで、多様な⼈たちに当社の経営理念や取り組みに共感してもらい、これから⼀緒に新しい創造をしていきたい。新卒採⽤などでも、「経営理念に共感したから⼊りたい」という⼈が増えれば、会社としてひと回り成⻑したと⾔えると思います。
  • 循環創造企業として果たすべき役割は
渋澤
中⻑期ビジョンの『循環創造企業へ』もめずらしい⾔葉ですね。他の⾦融機関でも聞いたことがありません。
中村
⼀般的に循環というとエコロジーの⽂脈で語られますが、『循環創造企業へ』には、⼈も物質も理念や考え⽅も循環するという意味を込めています。⾦融業を⽣業とする当社は、世の中で体内をめぐる⾎液のような役割を果たし、新しい循環をつくり出しながら、多くの⼈々や企業を後押ししていきます。
渋澤
すばらしいですね。おっしゃるとおり、⾦融は⾎液なので、それを世の中で回していくことは⾦融機関の⼤事な役割の⼀つです。栄⼀も「しずくの⼀滴⼀滴がやがて⼤河になる」と⾔っています。⾎液が循環しなければ体は不健康になります。これは社会も同じ。⽇本の⾦融業界全体が循環創造を⽬指せば、世の中は健康的に⼤きく変わるはずです。御社はこの変わることに関して、「変異」という⾔葉を使って社員⼀⼈ひとりの進化を望まれています。変⾰や改⾰は⼈為的・機械的なものですが、変異は有機的・⽣物的なものだから進化できるというイメージで正しいでしょうか。
中村
そうですね。⽣物は変異を繰り返しながら⽣きるものです。ただし、変異はエラーを伴うので、恐れると新しいチャレンジができなくなります。会社としてエラーは責めるべきものではなく、会社の成⻑のために必要なことととらえる。当社は経営理念の実現を⽬指して事業を展開しており、これがサステナブルな状況をつくります。その過程でさまざまな変異と進化が起こるはずです。これまで事業中計と別々だったサステナビリティ中計を新中計では⼀体化したのも、サステナビリティは⾃分達の事業そのものであると社員も認識しているからです。逆に、サステナビリティにつながらない事業はやりません。これも同時にやる「と(and)」の⼒ですね。
渋澤
御社のサステナビリティ経営は「と(and)」ですね。お客様に提供するサービスも、社員の皆さんがサステナビリティの視点を持って、お客様との対話を通じてつくり上げているのですね。
中村

そのとおりです。リース&ファイナンス事業では、お客様の設備投資のハードルを下げることで、企業の成⻑機会を後押しする価値を⽣みます。お客様が設備投資によってどのような成⻑を遂げられるかを意識することで、やりがいや誇りが⽣まれます。⼤事なのは、対話を通じてお客様の成⻑機会をとらえ、次のステップ、その次のステップとリーチしていくことです。当社はリース&ファイナンス事業からはじまり、現在では、集⾦代⾏などのサービス事業、太陽光発電事業などのインベストメント事業を展開するまでに⾄っています。⼀⽅、当社では、このようなサステナビリティ経営を通じて⽣み出した利益を、私達が⽬指す未来実現のために社会へ還元することを⽬的として、当期純利益から年間配当額を差し引いた1%を寄付資⾦とする「豊かな未来積⽴⾦」制度を有しています。利益処分となるため、株主総会において株主の皆様の理解を得た上で運⽤しています。このように豊かな未来実現に向けた取り組みについて、各ステークホルダーの理解を得ながら、⼀緒に進められるよう努めています。

中村徳晴の写真
  • サステナビリティ経営の要は「⼈財」
渋澤
新中計では4つのマテリアリティ(重要課題)に関連して、⾮財務⽬標を新たに設定されていますが、これはインパクトの概念に通じます。この概念は2008年頃、ロックフェラー財団が社会課題の解決を意図としているベンチャーにお⾦がきちんとわたるように構築したものです。⽇本では10年ほど前からインパクト投資が注⽬されるようになり、コロナ禍を乗り越えて、インパクト経営の新たな兆しが⾒えています。私が参画している「新しい資本主義実現会議」の⾻太⽅針にも、インパクトの概念が2022年に初めて組み込まれました。この考えは『論語と算盤』にもあります。投資はリスク(不確実性)・リターン(収益性)で判断しますが、それだけでなく、環境や社会課題解決を測定する軸も⽴てるというのがインパクト投資です。マテリアリティは⾮財務⽬標を軸に、⽬標設定しましょうというものです。他の企業も御社のような⾮財務⽬標の設定に動き出していますが、まだ企業価値を評価する指標がないため、⾮財務⽬標も合わせて企業価値が表現できるようになるといいですね。ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)では、⾮財務的な価値の情報(環境、サプライチェーンの⼈権、⼈的資本など)を開⽰する⽅向性を打ち出しています。⽇本政府は新しい資本主義の中で⼈的資本の向上という⾔葉を使っており、企業の⼈的資本経営が本格化してきました。世界的な注⽬度も⾼く、G7の中でインパクトという概念を政府の政策の基本⽅針に⽰しているのは⽇本だけだと思います。
中村
⾦融業の当社はまさに「⼈財」を資本としており、特に⼒を⼊れているのが教育です。社員1⼈当たりの教育費を増やし、研修やリスキリングに資するMBAなど多様なeラーニングを充実させています。教育の充実は本⼈の気づきを促すため、成⻑に伴って新たなチャレンジも出てくるはずです。本来はこの成果を定量化できるといいと考えています。教育への投資による業績向上へのインパクトについて、将来的には定量的に⽰せるように検討していきたいと思います。
渋澤
そうしたツールは欲しいですね。資本主義社会では⾮財務的価値は「⾒えない価値」であり、その最たるものが⼈の価値です。ところが、ダイバーシティや健康経営の切り⼝では必ず、「⾒えない価値」の⼈事、⼈財投資、能⼒開発に焦点が当たります。その意味で、サステナビリティ経営と⼈的資本経営は⼀体と⾔えるでしょう。
中村
⼀体ですね。⼈財がいなければ、企業はサステナブルになり得ません。⾦融業である私達は投資などによって新しい価値を⽣み出すことが⼤切になりますが、お客様との接点の中で、お客様がどのような社会課題を解決しようとしており、それを私達が関わることでどのようにサポートできるのかを理解することが重要です。今後単純な作業はAIやシステムに置き換わっていくので、⼈財がより⾼度な課題解決や価値創造を⾏うために変異し、進化することが急務であり、そのためにも⼈財への投資が必要です。また、変異には、外から⼊ってくる⼈に刺激を受けることも⼤事ですが、外から⼊ってきた⼈も数年経てば中の⼈になります。外からの⼈と中にいる⼈が相互に作⽤して、ともに変異をつくる動きに変えていくことが重要です。⼀⼈ひとりの変異と進化に⼤いに期待しています。
渋澤
新しい価値の創造は、⼈がイマジネーションを持ち、これをやってみようから始まって、実現できたこと、できなかったことを集め、それをつなげることでできるのだと思います。変異し進化していく御社の⼈財と、会社のこれからの発展を楽しみにしています。
渋澤健氏と中村徳晴の写真